2004年10月20日

“マルチ・ステークホルダー・ベンチャー”の実現

〜フィリピンにおける廃棄物利用の商品開発と企業とNGOの協働事例〜
小林香織   笹川平和財団事業部/汎アジア基金

「ココナッツあるところに貧困あり」とフィリピンではいわれる。ココナッツ の収穫量は天候に左右されやすく、不安定であることもあり、ココナッツ農家の多くは 低所得者層に属するゆえんである。「ココナッツ」と「貧困」−このふたつの関係性を、しかし、別の可能性あるものに変え、社会的価値ある商品を、そしてさらには新たな産業を生み出したある起業家がいる。本稿では、フィリピンにおける社会起業家を事例を紹介することから、社会起業家の動機や方法論、また成功要因や課題を読み解く一材料を提供したい。 フィリピン・ビコール大学農学部のジャスティノ・アルボレダ(Justino Arboleda)博士は考えた。「ココナッツあるところに貧困あり」といわれるフィリピン。いいかえれば、ココナッツ産業が、貧困層の生活基盤を支えている。それはとりもなおさず、ココナッツ・ビジネスがもっと成功すれば、貧困層の収入向上に寄与することができることを意味するではないか。加えて彼が着目したのは、フィリピンのいたるところで起きている土壌浸食による環境破壊の問題であった。7,100強を数える島からなるフィリピンの総面積は300,000平方キロメートルになる。その地理的特徴は起伏に富み、実に全土の面積 の約半分強(55%)が、雨季、エルニーニョ到来時などにたやすく土壌崩壊を起こしやすい急斜面を擁している。深刻化する森林減少との相乗効果もあり、土壌崩壊の頻発・環境破壊の進行は社会的問題となったいた。土壌浸食を食い止めようと、プラスティック製などの化学繊維からなるネットを張り巡らせたり、地面をセメントで固めたりといった対策が取られてきたが、効果は芳しくなかった。仮に、一時的に侵食を食い止めることができても、その場所に、草木が根付き、緑がよみがえることがなければ土壌は回復しないからである。

アルボレダ博士には、自身の技術がうまく製品化されれば、これら2つの問題に対する解決策を同時に提供できるという自信があった。化学繊維でもセメントでもなく、そこに根を張る草木だけが、土壌の浸食を食い止めることができる。そのためには土壌自らが回復する力を持つ環境を与えなければならない。貧しいココナッツ農家の家の外には、必ず、ココナッツの殻が山のように積まれ放置されている。彼にとっては、このタダ同然のごみが、格好の原材料であった。彼の発明は、ココナッツの殻の繊維を、頑丈かつ草木が育つオアシスとなるネットに造りあげるもので、この環境にやさしいネット〜geo-textilesあるいはearth textilesと呼ばれる〜をつくり出す織機材をココナッツ農家のコミュニティが導入すれば、彼らが貧困から抜け出す道をつくれるのではないかと考えたのである。この技術とアイデアの実用化を証明するため、彼は大学を休職し、ジュボケン・エンタープライズ(Juboken Enterprise)と名付けた会社を設立し、農村を生産基盤として早速事業を始めた。1994年のことである。

自らの技術とアイデアの社会的実現性を試すためにスタートしたジュボケンは、設立から5年間ほどかけて、農村での作業工程を安定化し、ローカルレベルでの事業を軌道に載せるに至っていた。が、事業の拡大に伴い、マーケティング開拓や新商品の開発のためには、新たな資本が必要となった。この局面に、社長のアルボレダ博士は、NGOであるFoundation for Sustainable Society, Inc.(以下、FSSI)とパートナーシップを組むことを選んだ。FSSIは、フィリピン政府とスイス政府の間で1995年に結ばれた二国間債務スワップ協定に基づき、債務帳消しの代替基金として設立されたNGOで、1996年よりフィリピン国内の環境保全の推進を目的として活動を開始していた。環境にやさしく、また、コミュニティを受益者とすることを2大原則とした事業支援を行うFSSIが、ジュボケン・エンタープライズと出会い、ジョイントベンチャー、Coco Technologies Corporation, Inc.(以下、COCOTECH)を立ち上げたのが1999年。ジュボケンの設立からちょうど5年目であった。パートナー候補にはいくつかの選択肢があったが、アルボレダ博士にとっては何よりも、ミッションの共有が重要であった。事業は成功させなくてはいけない。しかし、利益を上げるのも、ミッションに沿った方法でなくては意味がない。資金提供者は、そのことに対する最大の理解者であることが望ましかった。営利と非営利、組織形態でいえば異なるセクターに属する両者が協力関係を構築するにいたった最大の動機はそこにあったといえる。こうして、ジュボケンが農村での製品製造工程における品質管理に責任を持ち、COCOTECHが商品開発と国内外のマーケティングを担い、FSSIが資金的支援を行うという連携体制が築かれた。

この期間に、フィリピン各地の地方自治体との協力による、河川浄化プロジェクトに、ココナッツ繊維からできたジオ・ネットが大活躍することとなった。川縁の土砂崩れを防ぐために敷設したココナツ・ネットには、草木が根付き、その浄化作用によって、河川の汚染度は画期的に下がった。地方のリゾート施設にあるゴルフ場にもジオ・ネットが導入された。傾斜地の開発に着手する時に土砂崩れの恐れは付き物である。しかも化繊・化学肥料づけにされたゴルフ場開発の環境への影響は明ら かである。ジオ・ネットの導入は、生息動物に害を及ぼさない自然な芝生の生育を促した。ココナッツ殻からは新たな商品も生み出された。ネットを製造する過程では、大量のココナッツ殻の粉塵もまた排出されたが、本来ならゴミとなるこのココナッツの粉塵を海草などと混ぜ合わせ、オーガニック肥料として試用したところ、野菜や花卉栽培などほぼ全般に、一般的な肥料使用時と比べて大きさや味・色に優れたものが成るという結果が出たのである。新商品はこの他にも次々と生まれていった。

彼のプロジェクトを社会起業家として考察するにはいくつかのポイントがある。第1に、環境という側面からは、廃棄物を製品化したという点と、さらに、製品そのものが環境保全を目的としているという2つの特徴を持っている。商品の価値が認められ、マーケットが広がるほど、すなわち、製品が売れれば売れるほど、保全される環境も広がるのである。当然ながら、この技術と製品が活用されうる場所は、フィリピンに限らず、ドイツ、日本をはじめ海外にも多くの顧客を有するようになっている。
第2に、利益が受益者に還元される仕組みをコミュニティに根ざしたビジネスであること。研究結果を新しい製品開発に結びつけ、貧困層の収入向上につながる事業展開へと導いた。ココナッツ は、まず、実の部分と殻の部分に分けられる。実の部分は食用に、殻の部分の40%は主に燃料に加工され、残りの60%はほとんどそのまま用途もなく廃棄されるわけだが、この廃棄物を原材料にしたココナッツ繊維加工に携わる家計は、ココナッツの実を売るココナッツ農家よりも、高収入を得るようになっている。また、この事業形態はきわめてシンプルであるため、地方の村々へと技術移転も可能である。

 環境にやさしく、また、コミュニティを受益者とするビジネスの支援というのは、FSSIのベンチャー・フィランソロピーの2大原則そのものでもあった。実際、FSSIとの協働により、ジュボケンは、設立当初からの理念とその実践をさらに発展させることとなった。マーケットを確立することは、コミュニティを拠点とした事業展開の基盤を安定せるためにも欠かせない。FSSIの資金提供と技術的支援は、商品開発・販売網の幅をも広げることとなった。ジュボケンそれ自体、出発点から社会起業家といえるが、この事例の成功は、企業とNGOの協働によってもたらされたシナジー効果に追うところも大きいといえよう。両者がめざしたコンセプトは、マルチ・ステークホルダー・ベンチャーとも呼べるものである。

ちなみにアルボレダ博士が設立したベンチャー企業、ジュボケン(Juboken)の“Ju”は彼の妻の名Julie から、“bo”は彼自身のニックネーム、“ken”は彼の息子Kenの名からとったものである。同時に、この企業名には、学部・院生時代を東京大学で学んだ日本通の彼が込めた、もうひとつの意味がある。“Ju”は「重要」の「重」、”boken”は文字通り、日本語の「冒険」である。彼にとっての起業は、まさに人生における重要な冒険である。また、その冒険は彼だけの冒険ではなく、我々の住む社会にとっての冒険に他ならない。そして、こうした社会的イノベーションを起こそうという冒険が、まだまだ終わりなきものであることもまた、この事例が教えてくれるところである。

注1. 本稿でとりあげた事例は、東南アジア地域における環境保護を目的とした企業とNGOの協働について、その成功事例を関係者間で情報共有し、セクター間の協力関係を強化することを目的に、2000年度から2002年度の3年間、笹川平和財団が助成した事業(「環境保護のためのNGOと企業の協働」)の中で特に注目されたケースである。本ジャーナルにおいては、今後もアジアを中心とするさまざまな社会起業家の事例紹介を通じ、その実践における成功要因や課題を探っていきたいと考える。
注2. 本稿執筆にあたっては、以下の文献を参照した。
Enrico Garde, “Environmental Technoloy from Coconut Waste,” in Monograph Series, Case Studies, Civil Society-Business- Government Collaboration for Environmental Protection: the Southeast Asian Experience, 2003, Foundation for Sustainable Society Inc.(FSSI)
Enrico Garde, “Amazing Waste,”in Come Together, 2002, Foundation for Sustainable Society Inc.(FSSI) & Sasakawa Peace Foundation (SPF)
posted by CAC at 01:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 企業と社会起業家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フィリピンといえば、マニラ麻や枝豆の栽培で貧困問題に取り組んでいる田鎖浩さんを思い出しました。この人も社会企業家だと私は思います。
http://www.tv-asahi.co.jp/earth/midokoro/2004/20040627/
Posted by 斉藤哲也 at 2005年03月01日 13:45
斉藤様、コメント有難うございました。田鎖浩さんのこと、存じ上げなかったのですが、地道な取り組みから新しい価値を生み出したそのプロセスも成果も、一貫した問題意識と起業家精神の賜物だろうと思います。
「まちづくり」便利帳のサイトも拝見しました。津波の被害後にヤシの木を植えるボランティアの話、読みました。津波後といえば、アジア社会起業家フォーラム(詳細は5.26付記事ご参照)の参加者にも被害地域で活動するNGOのスタッフがいて、緊急支援から中・長期的な復興支援を進める中で、社会起業家を育てるというアプローチが活かすことができないかと話していました。
Posted by 小林香織 at 2005年05月26日 19:27
小林香織様

ご丁寧にありがとうございました。
個人のblogまで見ていただいて。。。

おっしゃるとおり、人材育成こそが長期的には必要ですよね。
アマルティア・セン氏が著書で書いてましたが、貧困問題の解消に至るアプローチの方法を覆したのが日本だったと。それはまさに貧しいからこそ教育をすることにありました。
約50年にわたりスリランカで農村開発運動による貧困の撲滅をするサルボダヤ運動も、リーダー育成に力を入れています。

嘆かわしいのは、かつて人を育てることに熱心だった篤志家の多い日本も、経済至上主義の影響により、短期的な金銭における利益ばかり注目する人が多くなってしまったことです。
Posted by 斉藤哲也 at 2005年05月29日 14:14
ソーシャル・イノベーション Social Innovation: “マルチ・ステークホルダー・ベンチャー”の実現
Posted by christian louboutin スニーカー at 2013年07月21日 08:27
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