2005年09月06日

巻頭言−「場」と「回路」

待場 智雄

 京阪神に続いて、首都圏の私鉄でも「女性専用車両」の導入が進んでいるという。海外でも、日本のちかんが珍しいのか、そうした男女の区分が変だと思われたのか、結構話題になっていた。先日テロ被害にも遭ったロンドンの地下鉄でも、終夜運行に伴い、女性専用車両や警備員の乗務が検討課題となっている(こちらはちかんではなく、性的なものを含む車内での暴力が問題となっている)。

 女性専用車両を巡っては、男性から「逆差別だ」との声が上がり、女性の中にも異論を唱える人がいるという。しかし、多数の女性が被害を受けている現状から見れば、むしろなぜ各社がこうした措置を以前から取らなかったのかという気がする。おそらく背景には、ちかんに悩む女性の声がようやく認識されるようになり、事件のたびにマスコミが記事にするようになったからだろう。鉄道会社にしてみれば、批判の矛先が自分たちに向く前に先手を打っておこうというのだろう。

 この話題を取り上げたのは、なぜ日本では専用車両の是非という表面的な議論に終始してしまうのだろうと感じたからだ。まず、ちかんは他の人に気づかれにくい満員電車の中でたいてい起きる。欧米だとおそらく乗客を代表する団体が、混雑解消を鉄道会社に要求するだろう。首都圏では2階建て車両を導入でもしない限り混雑緩和を実現するのは困難と思われるので(しかし安全面からも、他の空間でこれほどの過密を許されるものがあるだろうか?)、鉄道会社は企業を集めて時差出勤の導入や自宅勤務の普及を依頼し、さらには企業の地方移転促進なども議論に上るだろう。

 ちかん自体についても、なぜそうした行為に出るのか、一種の病気なのか、ストレスなどが影響しているのか、心理・精神的な面から様々な検討が加えられ、被害者はもちろん加害(予備)者に対するカウンセリングも行われるだろう。何よりも私が疑問なのは、女性の水着写真や性的話題の見出しが氾濫する車内吊り広告がなぜ野放しにされているのかである。身動きもとれない閉鎖空間で、ただこうした写真や見出しを見続けることになれば、性的イマジネーションを膨らませる人が多数出るのも当然といえる(それでちかん行為に走るかは別だが)。

 最近満員電車に乗る機会のない私がない知恵を絞っただけでもこうした検討課題が思い付くのに、どうして乗客からもNPOからも企業からも、そうした幅広く深い議論が巻き起こらないのだろうか。おそらく上記のようなことは、誰しもが日常考えていることだと思う。しかし、日本社会に欠けているのは議論を行う「場」(フォーラム)がうまく提供されていない点にあるのではないか。マスコミにおいても、事件が起これば容疑者や問題企業や役所を直接たたくことに終始し、その事柄に関する利害関係者が互いに意見を交わす機会はほとんど提供されない(分野と関係のないコメンテーターが激しくののしり合うバラエティ型討論番組は多いが)。また「場」があるとしても、様々な声をすくい上げ、場に伝える「回路」となる市民社会の組織が圧倒的に不足している。「利害関係者の参画」などとうたってみても、参画を可能にする前提がまだ十分に育っていないのだ。

 こうした市民社会が機能するためのインフラをどのように整備していくべきか、NPO法の制定はその第一歩と言えるが、それから先どうすればいいのか、私自身考えあぐねているところである。しかし、「場」と「回路」が複雑に結び合うウェブができるにつれ、市民の声が政治や企業行動に反映される事例が自然と増えることだろう。
posted by CAC at 05:54| Comment(1) | TrackBack(0) | ソーシャルイノベーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
早速記事を拝見させていただきました。
以前より試験的に導入されていたものの、乗ったことがなく、客観的にしか考えられなかったときにはそこまでしなくてもいいのではという意見が本音でした。しかしそれは通勤で電車を使用していないときの考えでした。
実際満員電車での不快な経験をした人はかなりいらっしゃると思います(あんなにこんでるんですもの)。
しかし私もそうですが不快な思いをしたからといって何か行動を起こすわけでもありません。
そもそも自分が何かをしたら世の中が変わると思えないからです。
個人での近隣とのコミュニケーションはとれても社会という大きなものに反映されると思えず、黙ってしまうのが現状です。マンションに住むようになり、自治体というものが見えにくくなっているからでしょうか。
私自身、PCを操作するようになり、少しは広範囲で自分の周りをみれるようになりましたが、原点ではやはり見える人に対して心を込めて話し合いができ、結果意見が反映されるという昔はできたコミュニケーションを求めています。
窓口が増えるべきか自分が窓口になるべきかはよくわかりませんが今後、自分を主張できる場が増えることを望んでいます。
Posted by 大石美奈子 at 2005年09月07日 11:24
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