2005年09月06日

■ 社会起業家育成を担う米国大学MBA

服部篤子 兼任講師(跡見学園女子大学・お茶の水女子大学・明治学院大学)

 近年、各国の大学において、社会起業家研究が注目されるようになってきた。特に、米国の著名大学のビジネススクール内に、社会起業研究を推進する動きが顕在化している。アショカの教育部門であるグローバル・アカデミーは、どの大学がどのようなプログラムを持っているのか、大掛かりな調査を行った。アショカとは、1980年から社会起業家を支援し、そのグローバルなネットワーク構築に成功している非営利団体である。本ジャーナルを通じて社会起業家の人材を育成するに不可欠な大学教育の現状を紹介し、さらに、なぜビジネススクールで社会起業家育成を担うのか、を考えていきたい。今回は、米国での社会起業家研究コースについて概観しよう。

 近年、社会起業家が台頭してきた背景には、政府に依存することなく、「個人」のアイデアと力により、迅速に、社会変革を目指す必要性がでてきたことが挙げられる。このような社会起業家を輩出するためには、どうすればいいのか。ここでは、社会を変える人材の育成について考えることにしよう。特に米国の大学教育で行なわれている社会起業家研究コースに着目し、日本での人材育成の参考としたい。

 イェール大学は、1978年、大学教育では最初に、非営利組織講座(Program on Nonprofit Organizations: PONPO)を設置し、著名な非営利組織研究者を輩出してきた。現在は、同大学のビジネススクールの中に組み込まれ、3年前から、同ビジネススクールが、非営利組織向けにビジネスプランコンテスト(National Business Plan Competition for Nonprofit Organizations)を開催している。ゴールドマンサックス財団やピュー・チャリタブル・トラストなど大手の財団との共催により、他のコンペティションと異なり奨励金が1団体10万ドル(およそ1,100万円)と高額である。今年は、460プランのエントリーがあり、4団体が受賞した。

 米国では、社会起業家の役割に一定の評価があり、社会のニーズに敏感なビジネススクールが、社会起業家研究を推進している。特に、米国の著名大学のビジネススクールが、社会起業家育成を目指すようになってきた。1993年、ハーバード大学ビジネススクール(HBS)に、ソーシャル・エンタープライズコース(Initiative on Social Enterprise: SEI)が設置された。非営利組織だけではなく、営利企業での社会的価値を創造する人材や組織の育成のためにある、とうたっている。ソーシャル・エンタープライズとは、営利企業のように、株主利益の最大化を目的とするのではなく、社会目的の達成のために、事業そのものや、コミュニティに利益を再投資していくという、営利性と非営利性を併せ持つハイブリッドな組織を指す。SEIでは、「ソーシャル・エンタープライズの戦略的マネジメント及びガバナンス」、などを研究の柱とする。2000年より「ソーシャル・エンタープライズ・カンファレンス」を開催し研究成果を発表してきた。これは、HBSの学生クラブ及び、ケネディスクール(公共経営研究科)が共催するもので、研究者と実務家の議論に加え、事業プラン・コンテストなども行われる。ハーバード大での動きは、他の大学のビジネススクールに影響を及ぼした。

 スタンフォード大学は、ビジネススクールにソーシャル・イノベーションセンター(Center for Social Innovation: CSI)を設立した。同校の公共経営研究(Public Management Program:PMP)には30年以上の歴史があるが、1990年代後半、PMPの中に社会起業研究コースを設置することを学生が強く要望した。そこで、本研究の第一人者の一人であるグレゴリー・ディーズ教授をハーバード大学から迎え、起業研究センター(Center for Entrepreneurial Studies)の中に、新しく社会起業家研究コースを開設した。その後、寄付が集まり、CSIが設立された、という経緯をもつ。社会起業家研究のジャーナルとして有名な「スタンフォード・ソーシャル・イノベーション・ジャーナル」を出し、「社会変革を起す環境とは」、「公的セクターへのビジネスアプローチの利点と限界」、「社会的、環境的価値の評価の開発」などを研究テーマとし、社会起業家人材育成を担っている。

 その後、ディーズ教授は、デューク大学のフュークワ・ビジネス・スクールに移り、2002年、社会起業家精神センター(Center for Social Entrepreneurship: CASE)を創設した。「MBAの社会的課題への関与」、「社会起業家の知識の普及」、「この分野の認知の向上」といったインフラ整備を目的とし、社会起業家のネットワーク構築に貢献している。同年、コロンビア大学ビジネススクールは、社会起業家精神研究センター(Research Initiative on Social Entrepreneurship: RISE)を設立した。コロンビア・ビジネススクールには、ソーシャル・エンタープライズコースが既にあり、1996年に設立したラング起業家精神センター(Lang Center for Entrepreneurship)との共同プロジェクトとして発展したものである。「社会起業家のための資本市場」、「社会的インパクトの評価ツールの開発」、「戦略的選考とジレンマ」を研究の柱とし、非営利組織経営、企業の社会的責任経営(CSR)、コミュニティ開発、社会的価値、などを幅広く学ぶカリキュラムとなっている。

 米国のビジネススクールがこれら社会起業家に関わる研究センターを設立した背景には、2つの潮流があると考えられる。ひとつは、社会からの要請である。地球規模の環境や教育、民族問題などの課題に、新たな手法で解決できる人材の輩出が必要となったことである。もうひとつは、新たな生き方、働き方を選ぶ人々が出てきたことであろう。MBAの雇用先であるグローバルな営利企業や金融機関は、近年大きな岐路にたっていた。大企業の不祥事や第三世界における児童強制労働など、企業の社会的責任が問われるようになった。米国の象徴の一つである金融街がテロの標的となった。これらを契機として、営利を追求する人々の中に、新たな選択肢を求める人々が現われてきた。ビジネススクールがこれらの課題に取り組んだことで、非営利組織と営利組織の垣根を越えて、公共の利益の増進に貢献する人材を輩出することにつながったのではないだろうか。

 ビジネススクールの学生にとって、社会起業研究は人気のコースという位置付けではない。しかし、新たな選択肢を選んだ優秀な人材が社会起業に関わり、そのような組織が持続可能性をもつようになれば、新たな産業を創出し、社会システムに変革を与えることにつながるのではないだろうか。

*宣伝会議社の雑誌「環境会議」秋号に寄稿した原稿の一部を加筆修正した。

hattori05.jpg
*グレゴリー・ディーズ教授と学生たち、
デューク大学フュークワ・ジネススクール、社会起業家精神講義風景
BBアンダースン提供
posted by CAC at 05:38| Comment(1) | TrackBack(1) | ソーシャルイノベーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本記事、非常に参考になりました。
現在、医療福祉畑におりますが、将来は公共性と収益性を追求する事業モデルを考えております。

ヨーロッパやアジア等での動きも報告頂けると更に嬉しいです。
Posted by サイド・キックス at 2005年11月06日 12:34
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