2005年09月06日

香典返しを寄付へ

服部崇 経済産業省通商政策局欧州中東アフリカ課

 私事で恐縮ですが、先日父を亡くしました。63歳でした。葬儀が終わると、「香典返し」というものがあります。最近は、施主(喪主)が品物を選んで送るのではなく、デパートのカタログを送り、参列者に自分で商品を選んでもらうことも多いようです。また、施主が特定の団体に寄付をして済ませることもあるようです。
 私としては、適切な団体に寄付をしたいと思うものの、施主が一方的に特定の団体に寄付するのは、香典を出した方に自分の気持ちを押しつけているのではないかとも思いました。そこで、欲しい人は品物を、私の気持ちをシェアしてくださる人は寄付を選択できるようにしたいと考えました。

 試行錯誤の結果、以下のような仕組みにしました。

(1)香典返しのギフトを取り扱う業者を通じ、葬儀の参列者に複数の「カード」を入れた箱を送る。
(2)品物の写真と説明が書いたカードに加え、いくつかの団体に協力してもらい、団体の説明や寄付がどんなことに使われるかを書いたカードも作って入れる。
(3)葬儀の参列者は、カードの中から商品か寄付を選んではがきに記し、ポストに投函する。
(4)はがきを受け取った業者が品物の発送に加え、寄付も手配する。

 この仕組みにより、私がひとりで寄付するよりも、葬儀に来られた大勢の人にも寄付への意識が生まれ、カードに記した分野への関心が広がるのではないかと思ったわけです。
 七七日忌の法要を終え、カードを入れた箱を参列者に発送したところですが、各段階を巡って次のような問題に直面しました。

(1)業者を見つける
 幸運なことに、葬儀や関連ギフトを取り扱う「セキセー株式会社」代表取締役の石原正次さんに巡り会い、企画に賛同いただきました。他の業者にも話を聞きましたが、既存のカタログを用いて大量の商品を扱う業者にとって、寄付をカタログに追加するというオプションに短期間で対応するのは困難な様子でした。

(2)寄付先を決める
 幅広い分野から寄付先を盛り込むべく試みましたが、最終的に2件のカードを作成するにとどまりました。施主が特定の1団体を選ぶやり方から、葬儀の参列者がどこでも選べるようにする方法まで考えられますが、後者にできるだけ近づけるのを目標としました。しかし、寄付先の分野や団体を特定する作業は難航しました。
 分野の特定に際しては、受け取った相手に与える印象を考えると寄付先に含めるのを躊躇する分野もありました。具体的にどの団体に協力を依頼するかについては基準がさらに曖昧となり、主観が入り込む余地が多いように感じました。時間的制約もあって、環境・国際救援関係から1団体ずつを選びました。
 
(3)寄付先に依頼する
 寄付先の候補団体に当方の趣旨を伝え、カードに盛り込む写真や文言の案を示して了解をもらう作業を行いました。各団体とも趣旨を理解し、協力してくださいました。一方で、手間暇がかかり、団体数を増やすのは困難となりました。

(4)寄付を振り込む
 一口当たりの寄付額は商品相当額としました。事前に業者に総額(カード印刷・発送料、商品または寄付代、商品発送料等)を渡し、寄付を希望する方の口数を合計した額に、期日までに返信のなかった分の口数の額を割り振って加え、業者から施主名義で振り込んでもらう段取りとしました。
 施主名義としたのは、受け取った団体側で作業が生じることから、個々の名義で少額の寄付を多数振り込む形式ではなく、施主名義で一本化して振り込んでほしいとの要望がある団体から寄せられたためです。
 また、個々の方が寄付を選択したかどうかは施主には情報を開示しないように業者に依頼しました。業者は一定期間経過後、情報を破棄するとのことでした。
 他方ある団体からは、礼状を部数用意するとの申し出がありましたが、送料の関係から辞退することにしました。

 このように、時間と手間の制約が大きく、必ずしも満足いかない面も残りました。しかしながら、香典返しの寄付に工夫を加える例が増えてくれば、施主の負担は軽減されるかもしれません。



 中沢新一『愛と経済のロゴス(カイエ・ソバージュV)』(講談社選書メチエ、2003年)は、マルセル・モースの『贈与論』を超えた概念を提示しようと試みています。「モースは贈与に対する返礼(反対給付)が義務とされることによって、贈与の環が実現されると考えたのだが、そのおかげで、贈与と交換の原理上の区別がなくなってしまった」(5頁)と中沢は指摘します。その上で、中沢は「純粋贈与」という概念・用語を導入します。「いっさいの見返りを求めない贈与、記憶をもたない贈与、経済的サイクルとしての贈与の環を逸脱していく贈与」(5頁)のことを呼ぶとしています。
 『大辞林・第二版』(三省堂)には、香典は「香のかわりに霊前に供える金品。香料」、香典返しは「香典を受けた返礼に物をおくること。また、その物」とあります。
 香典は金額が特定されています。しかし、差出人と受取人との間で等価交換が行われるわけではありません。したがって、等価交換を原則とする中沢が言うところの「交換の原理」に合致しているとは言えません。
 それでは、香典は「贈与」でしょうか。贈与は、「人と人との間を人格的ななにかが移動している」(38頁)、すなわち、差出人から受取人へモノとともに感情が伝達されることが要件であると中沢は見なします。香典はこれに該当すると思われます。
 贈与は、受取人から差出人への返礼が義務とされます。香典は見返りを期待しない、という慣例が一部で成立しているとすれば、義務が解除されている場合があると考えられるかもしれません。「半返し」という慣例が成立しているとすれば、「交換価値の思考が入り込んでくるのを、デリケートに排除すること」(39頁)からは外れながらも、返礼が「義務」となっていると言えるかもしれません。
 通常、香典は「純粋贈与」であるとは言えそうにありません。純粋贈与にあっては、「『贈与されるモノ』『贈与する人』『贈与される人』の三者のうちの一つでも、同一性や個体性を失っ」(55頁)た状態となり、「『超越者の思考』というものが、入り込んでくる可能性が生まれてくる」(55頁)ものとされているからです。通常の場合、香典の金額、差出人、受取人は特定されます。
 香典返しは、贈与への返礼と見なすとします。香典返しを「香典を受けた返礼に物をおくること。また、その物」とする定義は、これに沿っています。施主が香典を寄付に供する場合はこの定義から外れますが、贈与への返礼は「寄付を行ったという行為を知らせること」で行っているとみなすこともできます。
 葬儀にお越しになられた方々に商品か寄付かの選択をお願いする場合、贈与への返礼は通常の定義の範疇に収まっている形で達成することもできます。葬儀にお越しになられた方々が寄付を選択する場合には、この仕組みでは、その先は「純粋贈与」となり、「経済的サイクルとしての贈与の環」から逸脱することとなります。


(注1)名前を挙げるのは控えますが、多くの方々に支えられていることを実感しました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
(注2)香典の団体への寄付については、WWFジャパン「お香典を寄付する」(www.wwf.or.jp/support/legacy/003.htm)、日本赤十字社東京支部「お香典の寄付」(www.tokyo.jrc.or.jp/kyouroku/sikin/kyouryoku)などが参考になる。
(注3)クレジット・カード会社によっては、ポイントを寄付に充てる仕組みがある。セゾンカードのアイテムカタログに「エコロジー&チャリティー」という領域があり、世界遺産保護(日本ユネスコ協会連盟)、途上国の教育支援(同)、盲導犬育成(日本盲導犬協会)、森林保全(森林文化協会)、難民援助(国連HCR協会)に寄付することができる。(www.saisoncard.co.jp/point/catalog/eco_charity/)
(注4)地方公共団体によっては、一般からの寄付を積み立てる「まごころ基金条例」が制定されている。「香典返し廃止で、寄付をまちづくりの財源に!〜福井県三方町まごころ基金条例〜」(『寄付による投票』No.7、2004年5月22日号)参照。(www.melma.com/mag/86/m00113886/a00000008.html)
posted by CAC at 05:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャルイノベーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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