2007年10月03日

社会起業家の理論構築にむけて〜研究の一方向性〜 服部篤子

 我々CACが社会起業家をキーワードに、ネットワークの構築を模索し始めた2000年以来、社会起業家に対する関心は、今年のメディアに劇的な変化をみることとなった。しかしながら、社会起業家の概念はまだ定着していない。国際的にみても、現在、社会起業家や社会起業家精神の定義に関わる論文、事例研究成果が数多く発表されている段階にある。

1980年初め、エドワード・スクロットが「非営利ベンチャー」、「非営利アントレプレナーシップ」という用語を用いた頃からこの概念の議論が始まったと言われている。アショカの創設者ビル・ドレイトンは、当初「パブリック・アントレプレナーシップ」という用語を用いていたが、後に、「社会起業家精神」に統一した。

 このほか、定義に言及する論文は、J・エマーソン、G・ディーズ、B・アンダースン、P・ライト、K・アルター、C・レッドベター、R・マーティン、M・クラマーなど多数見受けられる。ソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)に関しては、さらに、ヨーロッパを中心に多くの著名な研究者や実務家が世界で発信している。
今回は、「ソーシャル・イノベーション・ジャーナル」10回目であり、先行研究を引用しながら、社会起業家の活躍が一層高まるために研究の一方向を模索したいと思う。
■米国社会起業家研究の流れ
 ディーズとアンダースン(2006)の論文「社会起業家精神の理論構築」は、これまでの社会起業家に関する議論及び、研究の流れを整理し、今後の研究のあり方を提案している。特に、社会起業家が着目されるようになった経緯から2つの学派にわけ、その流れを現代まで追うことによって、社会起業家精神の本質を明らかにすることに貢献した論文である。
本論では、2つの流れを「ソーシャル・エンタープライズ学派」と「ソーシャル・イノベーション学派」と表現した。

 前者は、1980年代に議論が盛んとなったもので、特に、非営利組織が社会的ミッションを遂行するための「事業収入の拡大」に焦点をあてたものである。後者は、「起業家の研究」をさかのぼり、先行研究から社会起業家の理論を導いたものである。前者は非営利研究の流れであり、後者は、経営学の起業家研究の流れである。いずれも既存研究の応用として扱っている点で限界があり、社会起業家精神の研究の発展のためには、両者を融合させた理論構築が必要であると訴える。そこで、「Enterprising Social Innovation:事業型社会イノベーション(社会イノベーションを遂行する事業)」というキーワードを提示し、社会起業家とは、持続可能で大規模なソーシャル・インパクトを与えうる「社会的価値を創造する」点と、ビジネスとフィランソロピーの分野、双方の方法論を活かして「イノベーションを実行する」点に焦点をあてるべきだ、とまとめた。

■日本での社会起業家研究の視座
 日本においても同様に、主として、2つの視座からとらえることができる。
 1つめは、福祉の分野を中心に、ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の視点から、社会的弱者を雇用する事業モデルとして社会的企業を扱う場合である。ヤマト福祉財団の小倉昌男氏が推進してきた知的障害者を雇用する「スワン・ベーカリー」、ホームレスの就労支援として当事者が雑誌を販売する「ビッグ・イシュー」などが顕著な例である。海外でも、社会的企業の狭義の定義として、社会的弱者の雇用促進を事業モデルの中に組み込む場合を指す。

 2つめは、起業家の一部として社会起業家をとらえ、持続可能な社会に向けて社会変革を目的として事業化する場合である。資本主義の負の要因である置き去りにされた社会的課題に対して、「解決策の提示を行うこと、経済的価値のみならず社会的価値の創出、社会イノベーションの創造」、といった社会への影響力が重要となる。この場合、社会起業家は、幅広い領域に位置づけられることとなり、フェアトレード事業や、リサイクル事業、地域再生にむけたビジネスなどが含まれる。例えば、観光資源を見直すことで地域活性化に導いたまちづくりや、地域の中小企業経営者や農業者が新たなビジネスを興し、その利益を地域に還元するような公益性の高いビジネスなどが含まれるであろう。

 2つめの視点では、社会起業家の領域は常に議論になる。海外の文献では、社会的企業を、営利と非営利の中間に位置づけ、ハイブリッドな組織と呼ぶ。具体的には、公益性の高い視点から順に、伝統的な非営利組織、社会的企業、さらに、社会的責任企業(ソーシャル・ビジネス)、伝統的な営利追求企業に分類することが多い。しかし、明確に線引きできるものではない。社会起業家の概念は営利性(商業性)と社会性(公益性)を区別するためのものではなく、むしろ、人工的に作られたビジネスと非営利法人の境界に影響を与えるものである。

 この動きに対して、英国では、いち早く、自らが社会的な事業であることを明示する制度を設けた。2004年、商法上の法人格をもったソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)が、コミュニティ・インタレスト・カンパニー:CICs(地域に利益を還元する会社)として、登録する制度を創設したのである。登録する際に任命された審査官による審査が行なわれ、登記をすることができる。申請開始の2005年7月以降、1100社が登記している(2007年7月時点)。CICsとして登記しても税制優遇はなく、むしろ、会計や活動のディスクローズが課される。この制度の目的は、政府が直接、社会起業家に資金提供を行なうのではなく、ソーシャル・エンタープライズを社会に認知させ、社会の資金が社会的事業に循環することを促すものである。組織としての透明性をもって、社会がその組織の社会的価値を判断し、支持するのではないだろうか。

 新たな動きとして、ソーシャル・エンタープライズに政府が金銭的支援を行う方向でコンサルテーションペーパーが発表されている。


■リーダーシップからアントレプレナーシップへ
 上記2つの視点にもう一つ加えたい。筆者は、社会起業家研究を通じて、この概念に自立した「個人」に着目することで市民社会の基盤強化につながると、その意義を見出してきた。事例研究から、強いリーダーシップによる事業の推進ではなく、アントレプレナーシップへの共感がネットワークを構築し、事業を成功に導くのではないか、という仮説が生まれてきた。個人の理論か組織の理論かという議論もあるが、筆者は、「社会起業家精神」というタームが、個人と組織双方に持ちうる言葉として位置づけている。独立起業、組織内で起業家精神をもって活動する個人、組織自体が社会的な責任の強い存在、これらを包括している。

 一方、米国の既存論文の中には、社会起業家研究において、起業家個人にフォーカスを強くあて、そのパーソナリティやリーダーシップを分析している場合が多いことに批判的な意見がある。新たな価値をどのように推進し、普及させたのか、どのような変化を起こしたのか、その成果にフォーカスをおくべきだという議論である。「ソーシャル・インパクト」は今後、本分野の研究の中心の1つとなると思われる。

 先に引用したアンダースンとディーズの論文には、本分野の理論構築にあたって、新たに重要な学問領域であることを明らかにするために、学際的な論点を列挙すべきであり、多様な研究者への関心と参入がみられるであろう、と述べる。
 例えば、
社会起業の正当性を組織論の視点から、
社会的意義を公共政策や非営利組織論の観点から、
ソーシャル・ビジネスをCSRの観点から、
ソーシャル・ベンチャー、社会起業家精神を経営学・中小企業経営の観点から、研究が始まっている。

具体的なテーマとしては、
 社会的企業の成長過程において成熟期をどのようにとらえるのか?
 社会的目的の強い企業が従来の企業に買収された場合何か起こるのか?
 社会への影響力をどのように評価し測定すべきか?
 日本の歴史的フィランソロピストである起業家と現在の社会起業家をどのように関連づけるのか?
などまだ十分議論されていない点がある。日本における社会起業家研究の更なる深耕が期待される。



参考文献: Dees and Anderson(2006), Framing a theory of social entrepreneurship: Building on two schools of practice and thought, In Rachel Mosher-Williams (ed.), Research on Social Entrepreneurship: Understanding and Contributing to an Emerging field, ARNOVA

posted by CAC at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ソーシャルイノベーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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