2006年06月25日

<No.7>「プライベート・ホールの底力を聞こう!:オーナー連続インタビュー第三回 東京 マカギャラリー」

比留間雅人

第一回が北九州、第二回が京都で、今回はいよいよ東京のスペースを紹介します。世田谷は下北沢の、閑静な住宅街にひっそりとある「マカギャラリー」(サイトはなし。オーナー・増井常吉さんのエッセイがhttp://hearth-net.org.hosting.domaindirect.com/hearth-net/maca_main.htmlで見られます)です。

開設は平成元年、今年で18年目。今ではオルタナティブスペースとして定評を確立しているので、アートや音楽、パフォーマンスなどの文化イベントに顔を出す趣味のある人なら、必ず一度は名前を見たことがあるはず、といっても過言ではないでしょう。

オーナー・増井さん宅の玄関を入り、地下に続く階段を下りると、70〜90名ほど収容できる船形のスペースが広がります。設計の際に、所有していた抽象表現主義系の作品の展示を想定していたので、天井高は5mとかなり高めです。

増井さんは、経歴上は法学部を卒業し金融機関を勤め上げた、れっきとした「昭和の企業人」なのですが、ご本人曰く「美術部卒」。美術部部室に入り浸る毎日だったようです。就職した後も、音楽や美術をはじめ様々な表現と触れる機会を求め続けました。「普通に企業に勤めながら、芸術表現との接点を保ち、気に入った作品を購入していくというのは、好きだから続けていたけれど、それなりにキツイことでもありましたねぇ」と穏やかに笑います。一方の足は日本の経済成長のリズムで、他方の足は日本の現代芸術表現の動向のリズムで歩むという月日だったのでしょう。増井さんのエッセイの端々に、現代芸術史についての教科書的な解説とは異なる、同時代人としての深い実感に基づいたコメントを読むことができます。鑑賞も一つの創造なのだなと、つくづく思うわけです。

ともあれ、そんな増井さんは、退職を機にプライベートギャラリーを始めます。「作品は、その鑑賞者の胸の中に何かを生むことができたとき、はじめて完成したと言える」と考える増井さんは、当然のことながら、長年かけて集めた自らのコレクションの展示を考えていました。しかし単なる展示スペースではなく、運営方針はあくまで「美術と音楽の融合」。ジャンルや形式、形態にこだわらず、「現代に生きる我々の胸に飛び込んでくるもの」「技術だけではなく高い精神性があるもの」であれば何でもやる、ということです。

それは、美術作家や音楽家のみならず、山口昌男さんや日野啓三さんをはじめ様々な表現者を惹きつけました。そして、彼ら自身の重力に引き寄せられた人々がマカギャラリーの魅力に触れ、さらに…という、理想的な口コミでスペースの魅力が伝えられていきます。しかし、そうした理想的な循環は、はじめから成立していたわけではありません。

はじまり常に増井さんからの熱烈な働きかけがありました。例えばサロンコンサート。ギャラリー開設後二年目に、第一回目のコンサートを企画します。最初は親戚筋を頼って管楽器アンサンブルとアルトを招いてのサロンコンサート。「いくらプライベートとは言えクオリティは高いものでなければならない」と考えていた増井さんですから、親戚筋とはいっても現在ではヨーロッパで活躍する腕のいい奏者たちでした。同じメンバーで二回実施して手ごたえを掴んだ増井さんは、三回目の企画で著名なチェリスト・藤原真理さんにお願いすることにします。しかし藤原さんへのコネが特にあるわけでもありません。増井さんは思い切って長い「ラブレター」(本人談!)を書いて、是非サロンコンサートに出演して欲しい旨伝えました。その情熱が通じてコンサートは実現。このスペースを気に入った藤原さんは、その後もしばしば演奏会を開催しています。

昨秋リリースした「バッハの無伴奏チェロ組曲」の録音が大評判だったチェリストの鈴木秀美さんもまた同様。バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の演奏による「マタイ受難曲」に感激した増井さんは、そのメンバーである鈴木さんの無料演奏会が自宅近所の教会であることを聞きつけ、その場で自己紹介をして演奏会を依頼。今では、ソロ、アンサンブルの別なく、鈴木さんはマカギャラリーにしばしば登場します。

先に名前を挙げた山口昌男さんも日野啓三さんも、機会を捉えてつながりをつくり、ギャラリーでのセミナーなど企画を実現しました。國安孝昌さんや河口龍夫さんをはじめとする美術作家とも、展覧会等に足繁く通う中でつながりができ「お付き合いが深まっていく中で、ある種の『臨界点』を迎えると、いつの間にか個展の企画の話が立ち上がっている、という感じですね」とのこと。

こうした、自らコンテンツをもった様々な表現者がギャラリーにかかわるようになってから、徐々に表現者の人たちの間での口コミが広がります。例えば鈴木秀美さんとの繋がりから、いわゆる「古楽」ジャンルの演奏家がマカギャラリーで演奏会をひらくようになりました。またBCJは、演奏会の練習の第一回目をマカギャラリーで行うようになりました。増井さんは、何と贅沢なことに、合奏が構築されている過程の第一歩を自宅で聴き、その完成形を演奏会場で聴くことができるのです。鈴木秀美さんが新たに立ち上げたオーケストラ・リベラ・クラシカも、準備段階ではマカギャラリーで練習していたそうです。

贅沢といえば、マカギャラリーは二年に一回、比較的長期間の個展を開催します(つまり「ビエンナーレ」なわけです)。これまでの展覧会の記録を見ていると、五感を刺激・圧倒する表現によってギャラリー空間自体を変容させてしまうような展示が多いようです。2004年のビエンナーレは新進作家の内海聖史さんの個展でした(http://www.japandesign.ne.jp/GALLERY/NOW/uchiumisatoshi/)。そうした圧倒的な空間体験が、自宅の地下スペースにあるという贅沢!!。空間体験という意味では、パパ・タラフマラ(舞踏・舞台芸術)の白井さち子さんの公演はもちろんのこと、笙の宮田まゆみさんの演奏会でも、マカギャラリーの垂直的な空間を効果的に使ったパフォーマンスが実現したとのこと。そうそう、内海聖史さんの個展の際は、その巨大パネルの前で、鈴木秀美さん主宰のカルテット「ミト・デラルコ」による演奏会も開催。どこのホールでもスペースでもありえない、マカギャラリーでしか実現できない空間を楽しむことができるのです。

なんとも贅沢な話です。でも、増井さんによれば「楽なことではありませんよ」。増井さんは「三方一両損」という言葉を使います。例えばコンサートチケットの価格。前回の「ラ・ネージュ」でも話題にしました。マカギャラリーの公演チケットも、場合によっては6000円にまでなります。休憩でワインが振る舞われ、演奏家が超一流であったとしても、そもそも気軽に出せる額ではありません。しかしその価格でも、席数がかぎられているため、主催者の収支は殆どの公演で赤字となります。演奏家のギャラも当然少なくなる。「三方一両損」の図、というわけです。

では何のための「三方一両損」なのか。それはまさに、マカギャラリーでなければありえない体験を得るためなのです。「余分にお金を支払う」「少なめにお金を貰う」そうしたお金のデッパリやヘコミは、貴重な体験をするためのコストなのでした。その場が魅力的であれば、その場に関わることを目的に人が集まる。そのためのコストを、提供者(演奏家や主催者)受容者(観衆)の区別なく、みんなで少しずつ持ち寄ろう、という経済原理がそこにはあります。

一般論として、「ボランティアからNPOへ」「NPOから社会的起業家へ」「社会貢献からCSRへ」といった議論の系譜は「提供者の持続可能性も考えないと事業全体が持続不可能になっちゃうよ」という問題意識を根底にもっています。それはもちろん正しいのでしょう。ただし、マカギャラリーに見られるように、提供者/需要者の区別なく「その場に関わることの喜び」があることこそが、事業全体の持続可能性の大前提ではないでしょうか。先に紹介した内海聖史さんは、もともとマカギャラリーでスタッフのアルバイトをしていて増井さんに知り合ったとのこと。増井さんは、ギャラリーの魅力によって若い才能と出会えたわけですが、内海さんの作品の前でミト・デラルコが演奏会を開いたとき、内海さんはスタッフとしてワインコーナーでサーブしていたそうです。なんとも象徴的なエピソードではあります。

マカギャラリーのスケジュールは、ウェブサイトなどを通じて確認することができませんが、気になる演奏会や展覧会情報を見ていれば、必ずどこかでマカギャラリーの名前を目にするはずです。そうそう、今年はマカギャラリーのビエンナーレの年。今秋には河口龍夫展が予定されています(9月29日から11月5日までの金・土・日・祝日のみ)。少し先ではありますが、ご興味もたれた方は是非どうぞ。
posted by CAC at 12:11| Comment(0) | TrackBack(1) | ソーシャルイノベーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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MACA Gallery
Excerpt: 2004年に個展をしたMACAギャラリーについて紹介されたページがあるので以下貼り付けます。僕の展覧会の事についても触れていただいています。 http://cac-journal.seesaa.ne..
Weblog: 色彩の下
Tracked: 2006-07-02 12:55
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