2006年01月09日

<Vol.6 新年号>「プライベート・ホールの底力を聞こう!:オーナー連続インタビュー 第二回 京都市ラ・ネージュ」

比留間雅人

今日ご紹介する「ラ・ネージュ」(http://www.yuki-laneige.com/)は、京都は伏見の閑静な住宅街に佇む、白を基調としたホールです。正しくは、「ホール」ではありません。「ゲストに様々な出会いと和みを提供する場」として、亭主の四方有紀さんが94年に開設した「茶室」です。もちろん、スペースは「茶室」よりも大きいです。それでも、通常は30名、50名でキツキツというくらいで、パフォーマーと聴衆との関係は実に親密です。
「『腰をかがめてにじり口を入ったら、その中においては外での身分の差はなくなる』という茶室のコンセプトで始めました。〜(ホールの)白い空間に色がつかないように、提供するコンテンツについては、『美味しいもの』であるようとことん拘りつつも、ジャンルには拘らないようにしています」。

前回の「ウテルス・ホール」もそうでしたが、亭主・四方さんが本当にこれはオススメだと思えるコンテンツを提供するという方針。「とにかくどんなジャンルであれ、私が『美味しい』と思ったものでないと、人に勧めることはできません。誰か他の方からの推薦の場合、まず私が『毒見』します。『面白い!美味しい!』と思えて、尚かつ、こちらの話に乗って来られる『氣』が合う人とだけ仕事をするようにしています。両思いでないと、いいものはできないと思うし、何よりもこの空間は、私が『無垢な白』に拘ったこともあり、ごまかしがきかないので、納得いかないものを提供するわけにはいきません」。

白い無垢の空間に色が付かないように・・・ということでしたが、四方さんの行動原理はそんな消極的なものではないようです。ラ・ネージュ設立の背景にあったのは、オドロオドロしく言えば「破壊と再生」への欲望のようです。「アートを媒体にはしていますが、隠しテーマは『壁を壊す』『繋ぐ』ことです。あらゆる偏見は無知から来ると私は思います。そういう偏見を取り払ったところで、人々が互いを過大にも過小にも評価せず、真価を認め合えるようになれれば・・・という、全てのジャンルの壁を取り払いたいという欲望から出発しているからです」。

で、その結果はどうでしょう。具体的な企画の一つひとつは、コンサートレポートも読めるHPをご覧頂きたいと思いますが、琴や三弦が響いた同じ空間で、バロックバイオリンとモダンのバイオリンを聴き比べることもあれば、かなり「前衛的」なギターのライブを楽しんだりと、実に多彩なパフォーマーが登場しています。琴とバイオリンだったり、三弦と笙だったり、組合せでも「ジャンルの壁を取り払」っていますね。それぞれのプログラムもまた、かなり野心的な内容になっています。「その楽器といえばコレ」「その人といえばコレ」というような古典的な演奏に加えて、委嘱初演曲など「ラ・ネージュ」でなければ出会えないというような新しい試みが必ず含まれます。

実験的な試みは、規模が大きく失敗のリスクの大きなイベントではなかなか難しいでしょうから、プライベート・ホールならではともいえます。でも、普通に考えたら、作品の委嘱にしても実験的試みにしても、手間ヒマやコストが相当かかるわけで、通常30名で精一杯入れても50名という規模でどこまで賄えるのだろう、という疑問もわきます。これだけ幅広いジャンルから演奏家を捕まえるだけでなく、そんな贅沢なことが何でできるのか?

誰か協力者がいるのかと思いきや、ホール側としては四方さんがひとりで動いているとのこと。冒頭にも引用したように、「共感」をベースにした演奏家との協働作業として一つひとつの企画を創ってきたということです。「基本的にセルフプロデュースできるタイプの方としかノリが合いません。演奏家には『私はこういう場所でこういう方針でこんなことをしていて、今回は〜をお願いしたいのですが』という形で依頼します。快諾していただけた後は、どういう共演者とどういうこと(プログラムや作品の傾向)をするか・・ということはアーティストの方にお任せなことが多いです。そして二回目以降は『今回はこんな感じで・・・』ということをリクエストして一緒に創って行くということもよくあります」。

そして、「年齢性別国籍学歴学閥師匠筋には拘らないけど、質と心意気にはとことん拘るのもポイントの一つでしょうか。」とのこと。よくよく聞いてみると、一人っ子だった四方さんは子どものころからご両親にいろいろなところに連れていかれ、芸術や工芸、食文化などに触れる機会に恵まれていたということです。「あらゆる分野の素人ですが、ひょっとしたら客としては玄人かもしれませんね。いずれにせよ、私自身に何の色もついていないことが幸いしているように思います。例えば音楽にしても、日本の古典芸能、古典音楽、西洋のクラシック、ポピュラー、アバンギャルド・・・などなど分野はいろいろに仕分けられると思いますが、私がそのどこにも属していないので、学閥や師匠筋や様々な系譜・系統、人間関係から全く自由に、ただ『私と意気投合できるかどうか』ということのみを指標に繋がることができたのだと思います。そして、私が当初もくろんだように、私からポツポツと繋がっていった、全く異なるジャンルの異なる筋の人達から、それに共鳴する共演者が繋がり、さらには作曲家の方にも繋がり、お客さんにも繋がり・・・と、自然発生的な有機的な繋がりが生まれて来ました」。

そうそう、音楽だけではなく、能や落語、「唯識」のレクチャー、「たしなみ塾」(講座企画)・・・等々、確かにジャンルを限定せず盛りだくさんな企画がHP上に並んでいます。「『たしなみ塾』の華道、書道に関しては、一人の先生にべったりではなく、いろいろな立場・流派に接したいと考えています。書道といっても、自分で墨まで作ってしまう墨に拘る先生もいれば、『素人ならコップに入れた墨汁でもいいやん』という先生もいます。華道に至っては、ほんと、百家争鳴みたいなことがあります。ひとつの考え方にこだわるのではなく、それぞれのよいところを学ぶという感じで展開しようと思っていますし、講師の方にも、最初からそうしたラ・ネージュの姿勢を理解してくれる方をお呼びしようとしています」。

さて、では、ラ・ネージュには、どんなお客さんが来ているのでしょうか。「子供からお年寄りまで。近所に幼稚園がある事もあり、展覧会なら幼稚園児も来ます。ただ、一番多いのは時間的にも経済的にもある程度余裕のある40代半ばから50代でしょうか。場所の分布は、ご近所から京都市内、府下、近畿一円、東海、首都圏、遠くは山形、四国、中国、九州まで。それは私やアーティストの方の人脈に負うところが大きいです。この伏見桃山の地が太閤さんの城下町で、昔からの交通の要衝である事もその要因かもしれません。実は最も多いのは大阪府一円のお客様です。京都の中心の方は来た事もないのに伏見は遠い、京都ではないという思い込みがあるようですね。確かにこの辺は人の気質もオープンで、大阪寄りかもしれません。京都を外から見るようなところがあります。」

お客さんの層を広げたいですか?との問いには「良いものを自分でどんどん見聞きしようという意識のある若い層を増やしたい。それから、これまでも外国人のお客様にお越しいただき好評でしたので、早急にウェブサイトの外国語ページを作り、ワールドワイドにもしたいです」とのこと。

そのときに課題となるのがチケット代。ラ・ネージュは一公演のチケットが3000円〜5000円程度と、通常のコンサートと比べれば決して高くはありません。席数を勘案すれば、むしろかなり安く、コスト面で非常に努力しているのではと思われます。それでも私たち聴衆が気軽に出せる金額かというと、確かにそうではないかもしれない。おそらく多くのプライベート・ホールがそうだと思いますが、非常に親密な空間で楽しむ=つまり限られた席数で、コンサートとして成立させようとすると、どれだけがんばってもチケット代が安くならない。この問題について、四方さんはこう考えているようです「人間、本当に自分に必要なものには身を削ってでも行くものだと思います」。つまり、料金のせいでお客さんが集まらないのだとすれば、パフォーマンスがまだ本当に「必要なもの」になっていないということではないか、ということです。

また、「ジャンルを超えて面白いものを味わってもらいたい」という方針ゆえ「お客さまが元々興味をもっていらっしゃるジャンル以外となると、お運びいただくのが難しくなる」のが現実のようです。こと、「お客様の地理的範囲が広範囲なのは嬉しい事ですが、なかなか毎回とはいきません」。どうしても口コミ中心になるといった、ラ・ネージュならではの苦労もあるようです。

しかし一方で、「ここにあるものなら面白そう、と、それまで興味のなかったジャンルにお越し下さり、いつも新しい出会いを存分に楽しまれた由お客さまからメールをいただき、それが出演者の方にも刺激になる・・・というような事もあり、励みになります。また、お客様同士の交流も、ここでお互い顔見知りになられているようです。遠方から来られる方が郷土のお菓子を持ってこられ、演奏者を交えてみんなで頂いたりと和気藹々とした雰囲気の中でそのつながりが徐々に深まって、そんな和やかな雰囲気が、ここで初めて演奏されるアーティストの緊張感をほぐしたり・・・と、とにかく財政的にしんどくてもポリシーを曲げずに辛抱すれば、思っていた場ができる!と信じて続けています」。

「あのホールの企画は面白い」とか「あのホールは楽しいからまた行ってみよう」とか、お客さんからのそのようなコメントは、ラ・ネージュという場が、そこで演奏されるジャンルや出演者のネームバリューと同じくらいの説得力をもって確立してきている、ということを示しているのではないでしょうか。個々の演奏や空間は演奏家や作家の作品ですが、一連の企画がお客さんの心に残した経験はラ・ネージュの作品なのですから。ここにプライベート・ホールの可能性が見えます。ちょっと前、「文化の発信」という標語が安易に語られたことがありました。その実態はといえば、「何が面白いか/何が価値があるか」という判断基準だけは欧米や東京に依存するという構造が改善されなかったために、結局はいいカモにされて終わる、なんてことが多かったですよね。本当に文化の発信を目指すのであれば、「場」が説得力をもつまでの努力が必要ということでしょう。

ここでちょっと意地悪な質問をしてみましょう。いつかは活動を止めるのでしょうか?止めるとすれば、どのような時でしょうか?四方さんの答えは次のようなものです「『結局ラ・ネージュのような活動は余計なお世話で、誰も求めていなかったんだ』という事を思い知る事になった時でしょう。これから私の体力が衰えた時や経済的にとても困ったときに、誰も支える人がいなくなった時でしょうね。四人娘がいるのですが、継がそうとは思っていません。継げるような性質のものではないと思います」。四方さんのラ・ネージュには、理想はあっても、「そこに到達したらお終い」というゴールはないということでしょう。

「後は、バーバラ・クルーガー大好きなのでが、彼女に白いラ・ネージュ全体をキャンバスに、インスタレーションをしてもらう、なんて事が実現した日。待てよ、そんな事が実現できれば、サロンとしては益々発展するかな?」と、夢の話になったので、条件さえ整えばぜひやりたい夢の企画を聞いてみましょう。「それはズバリ、ガラコンサートです。丸一日はかかるのはないでしょうか。場所はラ・ネージュでは無理でしょうが、これまでここでやって下さったアーティストの方々にジャンルを越えて集まっていただき『ラ・ネージュが接点とならなければ有り得なかっただろう』というセッションを繰り広げてもらいたいですね。ガラコンサート会場の通路、ロビーには、当然ラ・ネージュで展覧会をされた方の作品が展示されます。合間に狂言のように落語を挿入したり!」
posted by CAC at 20:52| Comment(1) | TrackBack(0) | ソーシャルイノベーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
感心。京都らしいが、東京だってできそう。
でも、四方さん、何で食べてるのだろう。資産家なのかな。
Posted by machida at 2006年01月15日 11:37
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